千葉フィル史 第4話

さて、金子先生とともに発足した千葉フィルですが、まず初めの活動は各校OBに千葉フィルへの 参加を呼びかける案内状の発送と夏の合宿の企画作りでした。

もともとが「コンパを開こう」 「皆で騒ごう」ということが千葉フィルの目標(!?)、基本概念(!?)だったものですから、 この夏の合宿というのは一大イベントだったわけです。

ということで1985年8月11日、待ちに待った合宿の日となりました。(10年まえなのに日付まで覚えているのには 実はわけがあるのですが....)

場所は川口湖畔の小曲園(こまがりえん)。何かの合宿雑誌で音楽の練習可能という事で選んだのですが、 ここがすごかった。 河口湖湖畔の絶壁にはりついた、改築に改築を重ね、増築に増築を重ねた、それはそれは恐い宿でした。 「大雨振ったら宿なさそうだね」「地震でもOUTだよな」「ところでさ、この建物って何階建てなの? (わけのわからない増築を重ねているので中二階、中三階なんでもあり)」

最近は交通の便を考えて、蓮沼や岩井で合宿をすることにしている千葉フィルですが(今年は岩井でした。 館山道ができて本当に近くなりましたね)、当時は何故か、合宿といえば富士五湖と思い込んでいたのです。

宿に入るのにすでに階段を何十段も上らなくてはいけないところで、ティンパニーやバスどらを運ぶのが、 つらいところでしたが、まぁ心配していた大雨も降らず、参加者全員の自己紹介、近況報告、一発芸と 大いに夜のコンパは盛りあがり、めでたく第一回目の夏合宿は成功したのでした。

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