ブラームス (1833~1897) 交響曲第3番 ヘ長調 作品90

第1楽章 アレグロ・コン・ブリオ ヘ長調 4分の6拍子 ソナタ形式

唐突とも言える管楽器の序奏めいた二つの音から始まる。引き続き弦楽器がこれに加わり、ヴァイオリンによる第1主題。ここにファ−ラ♭−ファの基本動機が姿を現す。注目すべきはF-A-Fであれば真ん中の音はラとなるはずであるのに、フラットが付いて半音下がっていること。また、ヘ長調の調号が付けられているのでここはラとなるのが自然であるのを、あえてフラットを付けて短調の響きを創り出していること。これは調整を不安定なものとし、また音楽に陰りと緊張感を与えている。

さらに注目すべきは拍子。4分の6拍子と設定されており、これは基本的には四分音符3つの固まり×2と捉えた2拍子の音楽であるが、四分音符2つの固まり×3として、3拍子の音楽とすることも極めて容易となっている。実際、展開部の終わりから再現部の冒頭にかけては、いつの間にか2拍子から3拍子の音楽へと推移しているかのようである。また、第1主題の第1小節目も、前半は2拍子で後半は3拍子の混合とみなすことも出来る。第1主題自体が、どこかぎくしゃくしたぎこちないものとなっているのだ。もちろんこれはブラームスの狙いである。クラリネットによる第2主題の箇所は4分の9拍子となっているが、メロディの始まりが完全に小節の始まりからずれている(譜例⑤)。第1楽章は至る所にこういったずれが潜んでおり、音楽の印象を滑らかでないものとしているのだ。

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構成としてはソナタ形式で、提示部から展開部、再現部を経てコーダに至る。壮絶さも感じさせる盛り上がりの後、音楽は安らかなものとなり、静かにこの楽章は終えていく。

第2楽章 アンダンテ ハ長調 4分の4拍子 3部形式

この楽章はティンパニとトランペットが完全に休みとなっており、楽章全体が安らかで落ち着いたものとなっている。クラリネットによる穏やかなメロディで始まる(譜例⑥)。このメロディは変奏されて続きやがて中間部へ(譜例⑦)。音楽が若干陰りを帯びてくる。ここの旋律と伴奏はコラール風でもあり、このコラールは第4楽章で装いをまったく変えて再びその姿を現す。音楽は明るくなったかと思うとまた陰りを帯び、不安定というかどこか危うさを感じさせるものとなっている。やがて最初のメロディが戻り、また穏やかにこの楽章を終える。

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第3楽章 ポーコ・アレグレット ハ短調 8分の3拍子 3部形式

この楽章は前の楽章からさらにトロンボーンが省かれている。音楽の室内楽的な装いが一層際だつ。ある意味、もっともブラームスらしい音楽であるといえるかもしれない。豊かで美しい、しかしどこか陰りを帯びたメロディ(譜例③)。ブラームスの生涯を貫いた創作ジャンルは、室内楽と歌曲である。その美しき歌曲の味わいが存分に堪能できる楽章である。歌への憧れ。このメロディ、最初はチェロによって登場。渋く深い、いぶし銀の音色。この旋律、登場するたびに担当楽器がかわっている。前半は3回登場。

中間部はスケルツォの役割を担っているのかもしれないが、さほど早くなく激しくもなく、しかも音楽は直ぐに愁いを帯びたものとなり段々と失速していき、木管によって最初のメロディが断片的に登場したところで、中間部は終了する。

そして、ホルン登場。これ以上はないというくらい印象的な登場である。ホルンが朗々と歌い上げる。ホルンの後はオーボエ、そして最後はヴァイオリンとチェロによってクライマックスが築き上げられ、最後は切なく儚げに終わる。

第4楽章 アレグロ ヘ短調−ヘ長調 2分の2拍子 ソナタ形式

最も攻撃的で闘争的な楽章である。弦楽器の弱音で忙しなく動くメロディで始まる(譜例⑧)。この第1主題の後に第2楽章のコラール風の音楽が再び姿を現す(譜例⑨)。

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が、それは突然断ち切られ、再び第1主題が今度は攻撃的に登場。音楽はそのまま闘争的に進み、コラール風の主題がついに力強く攻撃的に奏され、壮絶で破壊的な様相のまま再現部に突入。力を漲らせたまま音楽は突き進み、ファゴット、チェロとコントラバスが第1主題を断片的に歌いあげたところで、音楽はやっと静けさを取り戻す。その後、音楽は終結と安息に向かってひたすら収斂していく。神々しく響くコラール風の主題。そして最後はバイオリンの滑らかに繋げられたトレモロによって第1楽章の第1主題が再び姿を現す。この箇所は譜面通りに演奏すると大変難しく、また主題が聞き取りにくいために、往年の巨匠達はトレモロを取って演奏させるのがほとんどであった。確かにそちらの方が演奏効果も高く効果的である。しかし、今回はこのいわゆる主題の分解が作曲者の本意と考え、譜面通りに演奏する。

キラキラと輝くような第1主題の断片によって交響曲全体が回顧的に幕を閉じるが、それはこの交響曲第3番のみならずシューマンに対する回顧であったかもしれない。この交響曲の作曲時、ブラームスは50歳。シューマンが狂気の内にその生を終えた年齢をも既に超え、晩年を迎えようとする頃のことであった。

(中田れな)

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