ファリャ (1876~1946) バレエ音楽〈三角帽子〉

el-sombrero-thumb全2幕からなるこのコメディ・バレエは、スペイン南部のアンダルシアを舞台としたアラルコン(1833~91)の同名の小説によっており、その原作は木下順二翻案の戯曲〈赤い陣羽織〉としても知られている。

通りすがりに、粉屋の女房を見染めた代官が、横恋慕を押し通そうとしたあげく、しっかり者の女房と粉屋に巧みにかわされて大恥をかくという反権力、勧善懲悪の痛快な物語は、ファリャの民俗色豊かな音楽と、華麗なオーケストレーションによって、耳だけでも充分に楽しめるものとなっており、演奏会形式でもしばしば取りあげられる。題名の〈三角帽子〉は、権威の象徴として代官が冠っている三つ角のある帽子のこと。

ファリャは〈恋は魔術師〉の脚本作者のシェラと再び組んで、初めはパントマイムの音楽として作曲に取りかかり、1916年8月に第I部、12月に第II部を完成した(1管編成と弦5部にピアノ。打楽器は無しという小編成だった)が、その間にスペイン・デビューを果たしたロシア・バレエ団のディアギレフにバレエの注文を受けたため、17年4月7日に〈代官と粉屋の女房〉という題のパントマイムとして、その完成済みの小編成の初稿で一応初演した後、バレエ化に取り掛かった。初めはほんの少しの変更だけだったが、その年の夏に再びスペインに戻って来たディアギレフが、ファルーカ、ホタ、ファンタンゴといった民俗舞曲を取り入れるように望んだため、大改訂が行われ、現在のような華麗なバレエ曲となった。振付及び粉屋=マシーン、指揮=アンセルメ、装置と衣裳=ピカソという豪華なメンバーによるバレエ版〈三角帽子〉の初演は19年7月22日にロンドンで行われ、大成功をおさめた。

本来は2個所にメゾ・ソプラノの短い歌が入るが、今回それはカットし全曲版を抜粋した形でお聴き頂く(以下の解説ではカットを〔 〕で示す)。なお粉屋は水車で粉を挽くため、その家(今で言うなら、店舗兼住宅)は小川のほとりの水車小屋。そこに忍び込んだ代官が、水に落ちて騒ぎとなる。

序奏

ティンパニによる5度音程の連打を伴奏にトランペットが開幕のファンファーレを吹き、ホルンがこれに続く。打ち鳴らされるカスタネットと、手拍子を伴う「オーレ!」の掛け声がスペインを表す。

第I部

昼下がり(3/4拍子)

譜例①。水車小屋やぶどうの棚が見える小川の岸辺の粉屋の家。粉屋は鳥籠のツグミに「2時」を教えこもうとする(弱音器付きのトランペット - 譜例②が2回吹く)が、ツグミ(譜例③) は3度鳴いてしまう。

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粉屋が意地になって繰り返すと、今度は4 度鳴くしまつ。見かねた女房(フルート)がブドウを食べさせながらやさしく教えると、めでたく2 回鳴いたので、二人は大喜びしてはしゃぎまわる。ファリャはツグミの鳴き声をヴァイオリンの倍音奏法(譜例③)にピッコロを重ねることでコミカルに描写。このツグミは第2部の夜9時の時報等でも同じ音色で時計を真似て再現される。そこへ伊達男(ピッコロ - 譜例④) が登場し、女房に色目を使う。

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〔女房が会釈を返すのを見て嫉妬した粉屋が駈け寄ろうとすると、代官の行列が近づいてくるのが聞こえる。奥方を連れての見回りの途中だというのに、粉屋の女房の美しさに目を奪われた代官は、気を惹こうと手袋を落す。女房はそれを拾って手渡すが、目敏い奥方はその光景を見て行列を急がせる。〕

冒頭の静かな音楽(3/4 譜例①)に戻ると、美少女が水汲みに現れる。少しばかり浮気心を起こした粉屋との戯れの遣り取り(フルートとクラリネットの応答)があり、今度は女房が焼き餅を焼く。(ここまでのシーンで、粉屋の夫婦が互いの愛を確認する時には、終幕で踊られるホタのメロディ - 譜例⑤が予告的に奏される。)

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二人が仲直りし、粉屋が家の中に姿を消すと、こっそり戻って来た代官(ファゴット, 2/4 – 譜例⑥) は、一人残った女房の様子を小川の向うから窺う。トランペットが《運命のリズム》譜例⑦aで警告を発する。

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粉屋の女房の踊り(ファンダンゴ)

譜例⑧。警告も気にせず、女房は情熱的なファンダンゴ(3/4-6/8)を踊り出す。踊りが終わると、我慢しきれなくなった代官(ファゴット, 2/4)は物影から姿を現し、言い寄ろうとする。

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ブドウ

〔女房はブドウの房を差し出したりして適当に御機嫌をとりながら、闘牛士よろしく、あせる代官をじらし、翻弄する。あげくのはてには足をすべらせて倒れた代官の埃りを払うふりをして、粉屋といっしょに代官をさんざん叩く。さすがに、代官も、からかわれているのに気付いて怒るが、身から出た錆なので、仕方なく退散。そこへ巡査が現れるので夫婦は少しの間、神妙さを装うが〕、巡査が立ち去ると再びファンタンゴを踊り出し、舞曲的な頂点を築いて終る。

第II部

隣人達の踊り(セギディリア) 

その夜、人々は聖ヨハネ祭を祝って水車小屋に集まり、セギディリア(3/4・3/8 – 譜例⑨)に踊り興じている。

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粉屋の踊り(ファルーカ))

隣人達のセギディリアイが一段落すると、ホルン→コール・アングレと続く即興的なブリッジ・パッセージ(3/4)に促されるように、粉屋がファルーカ (4/4 – 譜例⑩)を踊り出す。駒の上を弾く特殊奏法の弦が、フラメンコ・ギター風な音色とリズムで伴奏する男性的な舞曲で、熱狂的なアッチェレランドで結ばれる。

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粉屋の踊りが終り、人々が祝盃をあげていると、突然ドアをノックする音が響く。(これはホルンの閉塞音=ゲシュトブフで奏されるのだが、これまでのリズムだけの模倣の一歩上を行き《運命の主題 - 譜例⑦b》そのものであり、調も原曲通りのハ短調という徹底ぶりだ。)

〔ドアを開けると代官の家来達が入って来て、粉屋を連行。邪魔な亭主を追い払うのが目的の不当な逮捕なのだが、女房には為す術もない。人々が帰って、一人悲しみにくれた女房が用心のために鉄砲を用意していると、時計が9時を打ち、ツグミが真似る。そこへ、万事手筈は整ったとばかりに代官が現れ(ファゴット)、お供の家来達を追い払う。

〔代官は上機嫌で優雅な宮廷風の舞曲を踊るが、二枚目気取りで橋を渡ろうとしたとたん、足を踏み外して河に転落。音に驚いて跳び出した女房は代官に手を差し伸べるが、代官が抱きつこうとするので鉄砲を突きつけて、逃げてしまう。代官がびしょ濡れの衣服と三角帽子を脱いでベッドにもぐり込んだところへ、脱走した粉屋が口笛を吹きながら戻って来るが、干してある服から、女房を寝取られたと早合点し、「代官様、これから復讐にまいります。奥方もきれいな方ですからと白壁に走り書きすると、代官の衣装をそっくり着込んで姿を消す。〕

終景の踊り(ホタ・3/4・6/8) 

代官が、仕方なしに粉屋の服を着ていると、脱走した粉屋を追って警官が現れ、代官を粉屋だと勘違いして打ちすえる。ところが、そこへ戻ってきた女房は夫が殴られているのだと思って、警官に喰ってかかり、更には粉屋も帰ってきて、女房が代官を助けようとしているのに腹をたて、乱闘に加わる。騒ぎを聞きつけて集まった村人達の前で、正体がばれて赤恥をかいた代官は、ほうほうの体で逃げ去り、誤解の解けた粉屋夫婦は互いに許し合う。最後は、代官にみたてた藁人形をほうり上げ、歓呼のうちに幕となる。

(金子 建志)

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