マーラー 交響曲第6番の楽曲解説

㉒の提示部以降は俯瞰的な解説に切り替えよう。

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この楽章でマーラーは、2拍子と4拍子に限定。4拍子内でテンポを動かし、4つに振るか、2つ振りに切り換えるかを細かく指定することで曲想の変化をつけている。形式は以下のとおりで、コーダに至るまで計 4回、常に序奏が再現される。

「序奏Ⅰ-提示部」「序奏Ⅱ-展開部」「序奏Ⅲ-再現部」「序奏Ⅳ-コーダ」

チェレスタとハープが幻想的な雰囲気を再現する序奏部冒頭は、棒も常に2つ振りに戻るので目安にして頂きたい。〈6番〉というと初演以来「ハンマー入の打撃入りの交響曲」として話題になり、曲のシンボルのように語られる。ハンマーが最初にスコアに書かれたのは、ワーグナーの〈ラインの黄金〉で雷神ドンナーが雷を呼ぶ場面だが、打楽器ではなく、ドンナーのパートにへ音記号のC3として書かれていた。

マーラーは自筆スコアに、後から追加する形で5個所に書き込んだが、初版では3回に減らして印刷した。初演の際には3回目は叩かせなかったという説が有力で、初演時の大幅なオーケストレーションの改訂と、中間楽章の順を入れ換えた改訂版では2回しか印刷されていない。この2回は、2010年版も踏襲しており、以下のように★で示した2回目★H2と3回目★H3が現存するハンマーで、いずれも展開部だ。

「序奏Ⅰ[☆H1=9小節]-提示部」
「序奏Ⅱ-展開部[★H2=336・★H3=479]」
「序奏Ⅲ[☆H4=530小節]-再現部」
「序奏Ⅳ[☆H5=783小節]-コーダ」

この現存する2打は、㉓a★H2、㉓b★H3のように、全体のコンセプトは共通しておりトランペットとトロンボーンの主題も同じ。英雄の軍勢が要塞突破を2度にわたって試みるようなイメージで、ハンマーで破壊した城門を突破した軍勢が一気に雪崩込み、一段と激しい修羅場が展開する。

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マーラーが初版まで残した3回目のハンマーは、☆H5=783小節の第5打。これは、初期の段階で不採用になった☆H1=9小節、☆H4=530小節と同じ用法で、⑰bのようにリズム主題の劈頭を縁取りしていた。これは視覚的にも理解し易いが、3回も同じパターンを繰り返せば、次元の低い効果狙いとして貶まれかねないので、3回目(☆H5)だけを残すことにしたと考えられる。

初案の5回のうちリズム主題を刻印する☆H1☆H4☆H5は、音楽的には頂点ではない。最後まで残された展開部の★H2★H3を8000mの高峰とするなら、せいぜい5000m程度。8000mに匹敵する最後の頂点は☆H5直前の773小節㉓c。マーラーは3拍目にチェレスタの和音を入れ、F7の和音を先行的に打鍵させることにした。これによって完成した天空から白熱光が目を射るような効果は、10小節後に印刷されていたハンマーによる破壊とは違う次元の衝撃をもたらす。筆者は、ソドムとゴモラを振り返ったために塩の柱になってしまったとされるロトの妻が見たような破壊的な閃光を、そこに感じる。

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英雄的な行為とは?誇りをかけた戦いとは何か、守るべき愛や家庭とは何か、といった問いかけに対する答えと同時に、マーラーは戦場の破壊と惨場を、凄惨なまでに描き切った。英雄は何に倒されのか?という問いに対する答は、曲の中にしかない。

コーダは、歴史的に「天の声の象徴」としての役割を担ってきた楽器トロンボーン4本と、テューバによるポリフォニックなコラールが弔いの哀歌を奏でた後、イ短調の和音をリズム主題が刻印して、こと切れるように結ばれる。

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