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バルトーク - 千葉フィルハーモニー管弦楽団

バルトーク (1881~1945) 《中国の不思議な役人》 ハイライト

bartok-photo-thumb新しい方法論を模索するバルトーク

バルトークは無論、クラシック音楽史に名を残す大作曲家であるが、民俗音楽研究家という側面も持っている。そしてバルトークの場合は、この民俗音楽研究が作曲へとフィードバックされたところも大きい。バルトークの音楽は複雑なリズムとどこか奇怪な様相で知られているが、初期のバルトークはそうではなかった。習作にあたる《コッシュート》(1902)は、題材こそ祖国ハンガリーの英雄から取ったナショナリスティックなものだが、その音楽技法はR.シュトラウスばりの「ドイツ的」なものであった(音楽技法を国別に分類すること事態がある種イデオロギー的な視点の産物ではあるのだが)。

 

バルトーク (1881~1945) 《管弦楽のための協奏曲》

民俗音楽に出会うまでのバルトーク

bartok 120x150バルトークは1881年、オーストリア=ハンガリー二重帝国を構成するハンガリー王国の地方都市ナジュセントミクローシュに生まれた。このナジュセントミクローシュは現在ではルーマニア領となりシンミコラウマーレという名前となっている。と簡単に述べたが、この生地を巡る一節だけでも、バルトークを取り巻く民族意識というものが(本人がどう意識するかに関わらず)、非常に複雑な要素で構成されているということが見て取れるだろう。

バルトーク 《中国の不思議な役人》 の楽曲解説

mandarin-thumb犯罪者が常軌を逸した化け物に遭遇するというのは、映画でも、古くはヒッチコックの〈サイコ〉や、ホラー映画によくあるパターンだ。この物語も、3人のチンピラが女を囮に強盗を企む、という現実的な犯罪に始まるが、被害者のはずだった役人が、思いもかけない異常な怪物だと判ってくるに従って、攻守が逆転し、非現実的な世界に入りこんでゆく。

バルトーク 《管弦楽のための協奏曲》 の楽曲解説

bartok 1940 120x7840年に米国に亡命し、ニューヨークに居をかまえたバルトークの困窮を救うべく、同郷の指揮者ライナーやヴァイオリニストのシゲティが資金援助の道を探り、43年8月、ボストン響の指揮者だったクーセヴィツキーが新作を委嘱。亡命以後、作曲から遠ざかっていたバルトークは、彼としては久しぶりとなる大管弦楽のための大作を10月までの2ヶ月足らずの間に書き上げた。

第29回サマーコンサート

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日程:2017年8月11日(金・祝) 13時30分開演(12時45分開場)
会場:習志野文化ホール
指揮:金子 建志
演目:

  • レブエルタス/センセマヤ
  • ドヴォルザーク/交響曲8番
  • バルトーク/管弦楽のための協奏曲

前売券販売所:

  • 習志野文化ホール(TEL 047-479-1212)
  • 伊藤楽器 北習志野(TEL 047-465-0111)

民族の祭典 - 三者三様の民族性 -

19世紀になってオーケストラ音楽はドイツ・オーストリアで爆発的な発展を遂げ、特に交響曲などは「ドイツ的」な音楽としてみなされようになった。19世紀も後半に入ると他の民族の作曲家からも優れたオーケストラ作品が頻出するようになるが、その際、「民族性」というものをそれぞれの作曲家がどのように扱ったか。

交響曲という「ドイツ的」な形式の中に民族性を織り込もうとしたドヴォルザーク。ブラームス的=ドイツ的な構築性が目立つ7番とは打って変わってボヘミア的ともいえる美しい旋律が印象的な交響曲第8番。メキシコの作曲家、レブエルタスの《センセマヤ》は近年になって演奏されることが多くなった。短い中に充満する土俗性。そしてバルトーク。東欧の民俗音楽を採集しそのエッセンスを自らの音楽に取り入れたバルトークの総決算ともいえる《管弦楽のための協奏曲》は、その抽象的な音楽の向こうにうっすらとバルトークが採取した農民たちの音楽が聞こえてくる。

三者三様の民族性。その民族性がオーケストラという表現形式とどのような「折り合い」をつけていったのか、金子建志の鋭利な分析がえぐり出す。スリリングな演奏会となるであろう。

第30回演奏会

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日程:2015年1月10日(土) 18:00開演(17:15開場)
会場:習志野文化ホール
指揮:金子 建志
演目:

  • シベリウス/交響詩《エン・サガ》
  • バルトーク/《中国の不思議な役人》ハイライト
  • チャイコフスキー/交響曲第6番《悲愴》