バーンスタイン 〈キャンディード〉序曲の楽曲解説

bernstein 1950 120pxドイツのヴェストファーレン生まれの青年キャンディードと、相思相愛の恋人クネゴンデは、一度は結ばれそうになりながら、戦争や略奪など様々な禍に遭遇。世界中の様々な土地で一癖も二癖もある人物と出合い、その都度、それまでの全てを御破算にするような暗転(殺人、宗教的略奪、性的暴力、詐欺など)に巻き込まれていくという、奇想天外なファンタジー。

「ファウスト」や「ペール・ギュント」のような展開を、ショスタコーヴィチやチャップリンに似た陽気な高速紙芝居スタイルで畳みかけてゆく。とてつもなく残虐な出来事を「全員死亡」の一言で済ませたかと思うと、あっと言う間に、次の都市での話が始まっているというテンポの速さと、ギャグ的な乗りが特徴。

スピーディな2拍子に乗って、矢継ぎ早に主題が重ねられていく序曲には、登場人物と個別に対応しているような指導動機的な性格は無い。①は幕開きのファンファーレ、②は第Ⅰ幕の《第11課の復習だ》や第Ⅱ幕の〈自由意志〉の接続音型。第1主題に設定されている③→④のペアは、猛スピードで飛び回って事件を起こすティル・オイレンシュピーゲルを連想させるが、主役のキャンディードは気がついたら事件に巻き込まれてしまっているような普通の青年で、こうした跳躍感とは無縁。これらは、畳みかけるようなテンポで巻き込んでいくヴォルテールの手法と、飛躍に富んだ風刺精神そのものを表していると見るべきだろう。

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⑤と⑥は第Ⅰ幕の《戦いの音楽》から採られており、直前には大砲の一撃も入る。本編では、この後、キャンディードが歌う哀歌《全員が殺された》が続くので、ドキュメンタリー作品だったら凄惨な描写が連続するところだが、ここでは暗くはならず、常に寓話的で、ジオラマを観るようだ。

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そうした中で第2主題的な⑦は第Ⅰ幕の最初の求婚の場面《いずれ2人は夢をかなえる》の音楽。バーンスタイン得意の7拍子による流れるような歌謡性が際立つ。

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以上の主題が短縮再現された後のコーダは、第Ⅰ幕後半の《着飾ってきらびやかに》からの引用。コロラトゥーラの聴かせ所となるこのナンバーは、歌詞とは裏腹にクネゴンデが凌辱を告白する場面。⑧は陽転する後節から採られ、更に畳み込む⑨は「見てごらん、堂々と生きて心の傷を隠しおおせてみせるわ」というポジティヴな宣言となる。

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しかし、こうした陽気な突撃調のコーダは、序曲だけのもの。本編は結ばれた2人が「人間は純粋でもなければ賢くもなく善でもない。できることを精一杯やるだけ」という、重みのある讃歌で締めくくられる。

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