ラヴェル (1875~1937) 管弦楽のための舞踏詩〈ラ・ヴァルス〉

ravel thumb英語なら〈ザ・ワルツ〉。このように曲種をそのものズバリで標題にした場合は、作曲年代に注意すべきだ。管弦楽版の初演は1920年12月12日、ラムルー管弦楽団、指揮シュヴィヤール。これが百年前だったら、J.シュトラウスI世とランナーのワルツ合戦に、フランスから “俺のが正真正銘のワルツ” と喧嘩を売っているみたいな自意識過剰なタイトルと受け取られたかも知れない。

 

 

ワルツはJ.シュトラウスII世(1825~99)で第二の頂点を迎えた後、徐々に下火になっていく。といってもそれに代わる新たな舞曲が王座を奪ったというわけではなく、ウィンナ・ワルツに象徴される宮廷舞曲や王侯貴族や富裕層を中心とした舞踏会そのものが社会の変革に合わせて表舞台から徐々に退いていかざるを得なくなったということだ。

R.シュトラウスの〈ばらの騎士〉、プロコフィエフの〈シンデレラ〉や〈戦争と平和〉等、20世紀になって書かれた名作におけるワルツは、いずれも時代設定に合わせて過去に遡るための音によるタイム・マシーンとなっている。〈ラ・ヴァルス〉もそうした系列の一つ。

第一次世界大戦(1914〜18)の終戦後に初演されたこの曲のスコアにラヴェルは以下のような短文を印刷させている。

「渦まく雲が、切れ目を通して、円舞曲を踊る何組かをかいま見させる。雲はしだいに晴れてゆき、旋回する大勢の人でいっぱいな大広間が見えてくる。舞台は次第に明るくなる。シャンデリアの光はフォルティッシモで輝きわたる。1855年ごろの皇帝の宮廷」。

1906年2月の手紙に「J.シュトラウス讃を構想している」と書き、それは1914年頃に〈ウィーン〉という題名の交響詩になるはずだった。しかし御承知のようにハプスブルグ家の皇位継承者である皇太子暗殺が切っ掛けで第一次大戦が勃発。終戦によってハプスブルグ王朝が終焉を迎えることになる。仮に曲が予定通り完成したにしても、時節がら〈ウィーン〉という標題で発表することはあり得なかったろう。

そうした最中、まだ大戦中の1917年1月11日にロシア・バレエ団の主催者ディアギレフがラヴェルにバレエ曲の作曲をもちかけ、ラヴェルも一度は受けたらしい。交響詩〈ウィーン〉の素材がどの程度使われ、どう変身したかは不明だが、新しいバレエ曲は1919〜20年に書きあげられ、ディアギレフに判断を仰いだ。後の〈三角帽子〉でも似たような事態が生じたのだが、“天才を発見する天才”と称されるディアギレフは、既に作曲家に対して絶対的な判定者として振る舞うようになっていた。その帝王が、ラヴェルの曲に難色を示し、受理しなかったために、両者の仲は決裂。ディアギレフが拒否した理由が「舞踊に不向き」と見たからだという説があるようだが、真相は不明である。

曲を聴けば一目瞭然。自伝で「絶対に舞踊曲のつもりだった」と反論したラヴェルの言葉に、今日、異議を唱える方はいないと思うが、以下のよう言うことはできよう。後の〈ボレロ〉(1928)で明らかなように、ラヴェルには一つのプロットに徹底して拘る異様な程の職人気質が潜んでいる。〈ボレロ〉ほどではないが〈ラ・ヴァルス〉も、ラヴェル自身がスコアに添えた言葉どおり、多少の遠近法的な変化はあるものの、1曲のワルツを彼一流の管弦楽法で、どんな作曲家のそれよりも絢爛豪華にイルミネイトした“一本のクリスマスツリー”みたいなのは確かだ。もしディアギレフが、〈春の祭典〉のような変化に富んだ拍子やストーリー展開と連動して様々な舞曲が交替するような刺激を期待していたとしたら、受理しなかったのも頷けよう。

〈ラ・ヴァルス〉は、一貫して3/4拍子で書かれているが、メトリークの変化やヘミオラを効果的に組み合わせることによって、生半可な変拍子の曲よりも、よっぽどリズム的な変化に富んでいる。ピアノ版でも、そのあたりは把握できるが、オーケストレーションされたスコアが放つ色彩や刺激は想像の域を超えている。天才ディアギレフもそのあたりを見誤ったのであろう。もしオーケストラ版で最初に聴いたなら「バレエに不向きな曲」という感想を持つことは無かったであろう。バレエとしての初演は1928年にイダ・ルビンシュタイン夫人の舞踊団によって行なわれている。彼女こそは〈ボレロ〉の委嘱・初演者に他ならない。

曲はオーソドックスな “序奏付のワルツ” のという定型で書かれている。先ず、いかにも遠景から聴こえてくるような神秘的なコントラバスの霧の中から、主題の幾つか(譜例①、②)が断片的に提示される。

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弱音器付のヴィオラによって第1ワルツ(譜例③)に入ってからは、第2ワルツ(譜例④)→第3ワルツ(譜例⑤)というように型どおりに進んで行くが、弦のポルタメント・がいかにも爛熟した宮廷文化末期といった感じの甘美な歌を奏でるあたりがラヴェルらしいところだろう。

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2台のハープを駆使したシャンデリア風の輝きや、打楽器の豪胆な一撃(実際に踊られるワルツでは、ここまで刺激的な炸裂は考えられない)、何かに憑かれたような音の渦巻きは強烈な印象を残す。それは、マーラーの交響曲〈7番〉のスケルツォ楽章や、ラフマニノフの〈交響的舞曲〉の第2楽章等と同様、混沌とした現実世界を熱狂的なエネルギーの輪転の中に巻き込んで行く様を見る思いがする。

(金子 建志)

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