第66回演奏会 - 2022年1月16日(日) 13:30開演 会場:習志野文化ホール・指揮:金子 建志・演目:ドヴォルザーク/謝肉祭、ヒンデミット/画家マティス、ベートーヴェン/交響曲第6番「田園」

ジョアキーノ・ロッシーニ(1792~1868) 歌劇《泥棒かささぎ》序曲

la-gazza-ladra-thumbロッシーニは、クラシック音楽の名だたる作曲家の中では、最も人生を謳歌した人かもしれません。1792年、ロッシーニは音楽家の両親のもとで生まれました。10代の終わり頃には作曲したオペラが上演されるようになり、20歳になる頃にはヒット作が誕生。その後はオペラを精力的に書き続け、その作品はイタリアのみならずウィーン、パリといったヨーロッパの一大音楽消費地でも喝采を浴びます。その人気は晩年のベートーヴェンが嫉妬し、若きワーグナーが目標としたぐらいのものでした。

《ギョーム・テル》(日本では「ウィリアム・テル」という呼び名で有名。ウィリアムは英語読み、ギョームはフランス語読み。原案となったのはドイツ語で書かれたシラーの《ヴィルヘルム・テル》なんですけど、フランス語で台本が書かれフランスで初演された為、《ギョーム・テル》という呼び名がオペラの題名としては「正しい」。ややこしい話ですね)を30代の終わりに作曲し、それ以降はオペラを作曲しませんでした。なぜって?一生遊んで暮らせるだけの金銭を得たのですね、彼は。それ以降はオペラ以外の作品も手がけますが、40代半ばにして作曲の筆を完全に止めてしまいます。美食にも熱心で、「ロッシーニ風」という名前が残る料理はロッシーニに由来があるようです。1882年、死去。晩年は健康を崩したようだが、それでも享年76歳、大往生といってよいかもしれません。金策に走り回ったり早く死んでしまったり、はてはなかなか高い世評が得られなかったりといった人が多いクラシック音楽の有名作曲家の中では、例外的とも思えるような人生です。

そのロッシーニの21作目のオペラ、《泥棒かささぎ》は1817年に作曲、同年イタリアのミラノ・スカラ座にて初演されます。作曲期間は約3ヶ月。これはロッシーニにしては「長い」期間をかけた方だそうです。オペラのお話は、劇の途中はハラハラドキドキ、でも最後はハッピーエンド、観客は見終わった後は幸せな気分で家路につく、といった種類のものです。ある貴族の館で召使いとして働くお嬢さんはそこの主人の跡取り息子と恋仲にあります。恋人が兵役から帰ってきて喜んだのもつかの間、食器泥棒の疑いがかけられ、横恋慕の悪代官から死刑を宣告されてしまいます。しかし、無くなった食器は実はかささぎが持っていったということが明らかに。疑いは晴れ、お嬢さんは恋人と結ばれハッピーエンド、めでたしめでたし。

他愛も無いストーリーといえばそうですが、それでもこの物語の背景にあるのは、貴族と農民といった身分社会にある軋轢です。こういうストーリー展開の作品は「救出もの」というジャンルで当時広く流行したもので、ベートーヴェン唯一のオペラ《フィデリオ》もその一つとなります。こういうものが大はやりしたというのは、やはりそういう土壌が人々の意識の中にあったということなのでしょう。ロッシーニの作品といえども、当時の社会の姿とは決して無縁ではないのですね。

さて、オペラの序曲として作曲されたこの曲。序曲とはオペラの幕開けに際してオーケストラのみで演奏される音楽のこと。その後でオペラで歌われるメロディーを盛り込んだりしてオペラへの気分を盛り上げる役割を果たします。ロッシーニの場合は序曲にそのオペラのメロディーを使うことがあまりなかったのですが、この《泥棒かささぎ》ではオペラのメロディーが少し使われているようです。ここで少しドッキリするのは、冒頭の小太鼓。この小太鼓は死刑の際に叩かれる小太鼓なんですね。音楽は明るく華やかに展開しますが、時々現れるこの小太鼓が緊迫感を演出します。が、それはあくまで一瞬のこと。音楽はどんどんと軽快に進行していきます。なんてったって、人生を謳歌したイタリア人の音楽なのですから。

ロッシーニのオペラは死後、あまり上演されなくなってしまいましたが、多くの序曲は演奏会で親しまれ続けています。《泥棒かささぎ》序曲もそんな一曲。そんなロッシーニの序曲は、色んなところで演奏されていた長い期間の間、ロッシーニが書いたもともとの楽譜に他の人の手が入った形で伝えられてきました。トロンボーンが加わったり、他の楽器も演奏しやすいように、また演奏効果をあげるためにと音符が変えられたり、と。最近はもともとの作曲家の書いた形を尊重しようというアプローチが主流です(ベートーヴェンの交響曲でベーレンライター社の楽譜を使うのがそうですね)。もちろんロッシーニにもそういう流れはあります(1970年代にオペラ全体のクリティカル・スコアがリコルディ社から出版されていますし、有名な序曲であればクリティカル版が一冊にまとめられたものが出版されていて、これは広く流通しています)が、ロッシーニが生きていた時代には、そういう感覚があまりありませんでした。ロッシーニ自身もあまり拘りが無かった様子です。

今回は広く使われている版での演奏となります。原曲と比べると壮麗で華やかさが増した感じでしょうか。千葉フィルでは初となるロッシーニ作品の演奏、お楽しみください。(千葉フィルの演奏、もしかしたら、ちょっぴりドイツ風?かもしれませんが。)

(中田麗奈)

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