レナード・バーンスタイン(1918~1990)《管弦楽のためのディヴェルティメント》

第1曲《セネットとタケット》 ハ長調 2/2

バーンスタインの死後、レクチャーや解説等の文章を調べてみると、文学や詩への関心や知識の深さに驚かされる。〈キャンディード〉はヴォルテールだし、クレーメルや五嶋みどりのソロで知られる〈セレナード〉はプラトンの『饗宴』である。挙げだしたらきりがないが、改めて言うまでもなく〈ウェストサイド〉は『ロミオとジュリエット』の舞台をマンハッタンに置き換えた翻案物だ。

この第1曲のタイトルとなっている「セネット」と「タケット」もシェイクスピアに関係しているが、特定の作品というわけではなく、当時、王侯貴族の劇場への到着や式典の開始を告げた『合図』と『ファンファーレ』を意味する単語。いきなり花火を打ち上げるような金管による3連符の派手な開始を導入的な「セネット」とするなら、弦と木管によって提示される付点リズムによる主題①aが「タケット」か。

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①aの冒頭は、既に述べたようにボストン響100周年を音名化した2音による循環音細胞で始まるが、ドイツ語読響みならB(ベー)はB♭(シのフラット)になる。もし委嘱されたのがバッハやシューマンだったら、間違いなくB♭で①bのように主題化したはずだが、バーンスタインは英語圏の読みに従って、Bナチュラル、つまりシのナチュラル(ドイツならHになる)を採用した。その結果としてハ長調の「主音」と「導音」を主題化したことになるが、理屈はともかく、バッハやシューマンのようにドイツ読みした場合の①bより明るくなったのは確かであろう。この第1曲での音細胞は①aのように「ド→シ」という下降形で始まり、上下動を繰り返すパターンで旋律化されている。

第2曲《ワルツ》ト長調 7/8

前楽章とは逆に、主題②は音細胞の上行形「シ→ド」で始まり、コープランド的なクウェーカー教徒の慎ましやかな夕べを思わせる情景が、穏やかな7拍子の輪舞として描かれる。3拍子以外のワルツというと、チャイコフスキーの〈悲愴〉に於ける5/4拍子の第2楽章が名高いが、この曲②は7/8拍子。しかも〈悲愴〉の場合と違って、バーンスタインは《ワルツ》と明記している。

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構造的に言うと「3+2+2」の7拍子。こう書くと、ごつごつしたイメージだが、弦楽器のみによるこの楽章は、実に流れがいい。一度聴いたら、直ぐに口ずさめるような親しみ易い音楽で、《ワルツ》というタイトルを納得させてしまう。

ワルツではないが、バーンスタインは〈キャンディード〉でも7拍子で、実に滑らかな主題③を書いている。その③は「2+2+3」だが、流れの良さは同じ。筆者は〈ウェストサイド〉の《ワンハンド・ワンハート》のような魅力的な小品が書ける、ということをバーンスタインの作曲家としての最良の資質の一つとして評価しているが、彼のメロディ・ライターとしての天成の才は、7拍子を得意にしていた、と見て良さそうだ。

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第3曲《マズルカ》ハ短調 3/4

オーボエからコントラファゴットに至るダブルリードの木管楽器群とハープによる緩やかな哀歌。マズルカはショパンでお馴染みのポーランドの民族舞曲。ロシアと拮抗する大国だった中世のポーランドは、ユダヤに寛容だったために、多くのユダヤ人が居住することになった。これが、最終的にはヒトラーの標的にされる悲劇に繋がることになったわけだが、バーンスタインは、舞曲としてのマズルカいうよりは、追悼の重さが立ち込めるこのエレジーの最後に、象徴的な引用を、メッセージとして仕組んだ。これは即興的なカデンツァとしてではなく、④aのように、楽譜として書かれている。原曲が〈運命〉④bなのは、説明するまでもあるまい。

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マズルカという標題に深入りせず、視野をボストンに絞って聴くなら、8曲中、唯一、短調で書かれたこの曲に、フィードラーやクーセヴィッキー等、故人に対する追悼の想いや、彼等と関わった青春時代へのノスタルジーを感じ取れば良いだろう。

第4曲《サンバ》変ホ長調 2/2

第1曲を再現したようなトランペットのファンファーレ⑤に、「シ→ド」の上行形によるシンコペーション・リズムのサンバ⑥が絡む。全く性格の異なる二つの流れは、テレビの画面を切り変えるように進むが、最後はファンファーレ⑤が急き立てるように主導権を奪い、寸劇的に結ばれる。

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第5曲《ターキー・卜ロット》 ハ長調 2/2+3/4

笑いを誘うパントマイム風な主題⑦が、楽器を変えながら、ギャグ的に繰り返される。このコミカルなナンバーも、4分音符単位で換算すると「2+2+3」の7拍子。但し、第2曲の「3+2+2」とは逆に3拍子が最後に来るパターンだが、旋律の流れの良さは変わらない。

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『ターキー・卜ロット』は、第一次世界大戦頃の米国で流行した初期のラグタイム(ジャズの前身)。この後に生れた『フォックス・トロット』は、狐の動きとは無関係のスピーディーでアクションの激しい踊りだが、『ターキー・卜ロット』はスロー・ステップで、七面鳥のぎこちないユーモラスな動きと関係があったらしい。調べてみたところ、ミュート付きのトランペットが特徴的なのは分かったが、7拍子という例は見あたらなかったので、第2曲のワルツと同じく、バーンスタイン得意の7拍子によるデフォルメのようだ。

この曲での音細胞は主題⑦にではなく、導入部⑧の冒頭で「シ+ド」として重ねられ、半音でぶつかり合う不協和音として隠し味的に仕組まれている。

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第6曲《スフィンクス》無調 3/4

弦だけによる小品で、第7曲への導入曲となっている。中央に全休符の1小節を挟んだ前後半、各5小節、2種類の12音列からなる。構造は非常に単純で「第1音列 [C-Es-As-H-Cis-D-Fis-G-E-F-B-A]+全休符+第2音列[B-Des-Ges-A-H-C-E-F-D-Es-G-As]、小節的には「5+1+5」の11小節。

“12音技法”的に対位法に絡み合わさせることは避け、両音列とも和音を形成することもなく、ユニゾンで上昇していく。共通した特徴は最後の4音。第1音列は「ミ→ファ」「シ♭→ラ」で、第2音列は「レ→ミ♭」「ソ→ラ♭」で終わる。つまり両方とも最後が半音で上下する導音進行で結ばれるために、調性感があるのだ。絶対音としては「シ→ド」ではないが、到達としての半音の導音進行が「音細胞=循環主題」となる。

第7曲《ブルース》(12/8)

「ジャズ・ミュート」を付けた金管と、ドラム・セットが、ジャズ・バー的な世界を導き、ヴィブラフォンが加わることで、ナイトクラブ的な雰囲気が強まる。ヨーロッパの優等生的な作曲家には書けない“大都会の夜”の音楽だ。

第8曲《思い出に》→行進曲《ボストン響よ、永遠なれ》

フーガ風の導入部《思い出に》は、フルート・ソロが1本ずつ加わって最後は3重奏に拡大。故人となった指揮者や楽員に対するオマージュが盛り上がったところで、そのまま主部の行進曲《ボストン響よ、永遠なれ》(ハ長調 2/2)に雪崩こむ。第1曲の主題①aに先導されて〈ラデッキー行進曲〉⑨a → ⑨bをメインに、様々なマーチが引用される。例えばベルリオーズの〈ラコッツィ行進曲〉⑩aはトロンボーンを中心に⑩b の1回だけだが、強烈にアピールする。途中にあるピッコロの起立演奏は〈星条旗よ永遠なれ〉のトリオを意識してのことであろう。既出の主要主題を重ねあわせたコーダを経て、最後は循環主題「ド・シ・ド」で結ばれる。

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マーラーの〈巨人〉の終楽章コーダに指定された起立演奏を、バーンスタインは継承していた。ニューヨーク・フィルとの〈巨人〉ではホルンを派手に立たせていたし、アンコールの〈星条旗よ永遠なれ〉も同様だった。〈ウェストサイド〉の《シンフォニック・ダンス》をイスラエル・フィルと演った時は、《マンボ》でハイ・トーンを吹くトランペットを起立吹奏させていたし、PMFオケによるシューマンの〈2番〉の第2楽章のコーダで、ヴァイオリンを立たせていた。これら2曲はスコアに起立吹奏の指定は無いが、この第8曲のコーダでは「金管全員の起立」が、更にトロンボーンには「ベル・アップして、アクションを誇示して吹け」と指定されている。もちろん、そのカーニバル的な演出は採用するつもりである。

(金子建志)

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