ブリテン (l913~76) 歌劇〈ピーター・グライムズ〉より 《4つの海の間奏曲》

最後に各曲の音楽的特徴を簡単に纏めておく。

★Ⅰ《夜明け》

ヴァイオリンとフルートの高音による繊細な主題①が、北の海の張り詰めた厳しさと、ピーターの孤独感を象徴。ヴィオラとクラリネット②が漣を、金管によるコラール③が大きな「うねり」を表わし、三つの要素が交錯しながらサフォークの海の朝を描く。

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★Ⅱ《日曜日の朝》

鐘を表わすホルン④に始まり、村人達が仕事を始める様子⑤がピチカートと木管によって描写される。中間部から始まるヴォランタリー(英国国教会の礼拝時に奏されるオルガン音楽)を模した⑥が、素朴な祈りを表わすのに対し、静寂を打ち破るように強奏される鐘(ベル)は、事件勃発を暗示すると共に、宗教の威圧的な側面、自らの正義を疑うことをしない強権的な決めつけを象徴する。それが、ピーターを中世の異端者狩り〔魔女狩り〕的に追い詰めていくことになる。

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★Ⅲ《月光》

滑落した少年の死を暗示するかのように、グレゴリオ聖歌的な弔いの音楽⑦で始まる。この“押し殺したような沈黙の2拍子”の祈りに、フルートとハープが3拍子的な “月の光” で絡んでくる。最初は、描写的な煌きに過ぎないが、次第に3拍子のリズム⑧で2拍子の流れを圧倒してしまうあたりにブリテンの意図が見える。

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単純に考えるなら“お月様は全てをお見通し”というのに通じる “月=真実の重み” という図式だが、キリスト教音楽の初期は、3拍子を神の象徴とした という史実が鍵を握ろう。シロフォンが加わって音量的にも強化された後半部の頂点では、⑧が月光の描写としては異様な程、強圧的に響くからだ。それは《日曜日の朝》後半の鐘が象徴する宗教観と一致する。

ここでの月はベートーヴェンのピアノ・ソナタから喚起されるロマンティシズムとは対極にある。ドラキュラ伯爵を吸血鬼に変身させてしまう月、ヨカナーンの断首を命じて踊るサロメの狂気を照らす月、シェーンベルクの〈月に憑かれたピエロ〉の《病める月》等と同じく、怜悧に人間の暗部を照射する。

★Ⅳ《嵐》

⑨に始まる激しい描写は、漁村の人々を巻き込んでゆく “疑念の嵐” の凄まじさに重なり合う。この直後、ピーターを追い詰めていく面々の醜悪な部分が明らかにされるあたりにブリテンの思想的な主張を感じる。第二次大戦下の兵役拒否や、ピアーズとの仲から受けたであろうマイノリティとしての外圧。様々な意味でのリアリティが渦巻いている。

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(金子 建志)

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