ここでのマティスは、ヒンデミットと同時代の画家、フォーヴィスム(野獣派)のリーダー的存在だったアンリ・マティス(1869~1954年)ではなく、16世紀に活動したドイツの画家マティアス・グリューネヴァルト(マティス・ゴートハルト・ナイトハルト 1470~1528年)。その代表作『イーゼンハイム祭壇画』に深い感銘を受けたヒンデミットが、グリューネヴァルトの生涯をテーマに台本を執筆してオペラ〈画家マティス〉を作曲、それと並行して交響曲も作曲した。
作曲されたのは、ヒトラー政権下のドイツが第2次大戦へと突き進んでいった1934~35年。ヒンデミットは、その危機的な時代を、ルター派とカトリックの対立を背景にした農民戦争の時代に投影。「芸術家としての生き方」に真摯に向き合った、グリューネヴァルトの苦悩を描いた。
オペラの素材を3楽章形式に纏めたこの交響曲は、1934年3月にフルトヴェングラー指揮のベルリン・フィルによって初演され、大成功をおさめたが、ヒンデミットを擁護するフルトヴェングラーと、ナチスとの対立が表沙汰になり「ヒンデミット事件」を引き起こすことになった。
三つの楽章は、それぞれイーゼンハイムの祭壇に画かれているマティスの壁画を題材としたもので、ヒンデミットは「三枚の画を基に作曲したが、標題楽ではない。聴衆に、あたかも画を観ているときと同様の心の状態を与えようと試みたものである」と述べている。原画に対するコメントは筆者による。「イーゼンハイムの祭壇画」をネットで検索すれば簡単に観ることができるので、閲覧をお薦めしたい。
第1楽章《天使の合奏》
オペラの前奏曲にあたる。絵は、チェロ的な楽器を奏する人、キリストと思える幼児を懐く聖母。
オルガンを思わせる静謐な祈りに始まり、三本のトロンボーンが①を奏する。これはドイツの占い詩「三人の天使が美しい歌をうたう」で、第6場で農民反乱の指導者の娘レギーナによって歌われる。この序奏部が終わるとフルート他が中心主題②を奏してアレグロ主部を導く。弦の主題③が第2主題、フルートによる④が第3主題的な役割を演じたあと、緩やかな展開部に入る。この展開部は③を中心とした真摯な祈り。これをフルートによる④が、速いテンポに戻し、② ③が高度に絡み合った後、トロンボーン→ホルンが①「三人の天使が」を、よりポリフォニックに再現。② ④ ③がシンフォニックな高揚を導き、宗教的な至福の中に結ばれる。
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