グスタフ・マーラー(1860~1911) 〈葬礼〉

低弦による第1主題②aに、マーラーは改訂の度に切迫する指示「accel.」②bをより具体的に書き込んでいくが、〈葬礼〉②aは「schnell=速く」とシンプル。 初期稿を演奏する場合、こうした追記をどの程度まで斟酌するかは常に問題とされるところだが、筆者は「マーラーが振ったなら当然付け加えたであろうと思われる味付けや工夫は採用すべき」という主義。他人の作品であれ自作であれ、マーラーのような指揮者が振る場合、楽譜を単なる設計図として捉え、未消化な個所や、明らかに不具合を生じる設計を、そのまま放っておいてデータ処理的な作業に徹するということは考えられないからだ。

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第1主題②aを受け継いだ低音のリズミックな③、上声部の旋律的な④が悲劇的な主題群を形成しているのに対し、祈るような第2主題⑤が切ないほどの憧れを表わして「暗と明」の図式を確定する。

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〈復活〉と最も異なるのが展開部の前半。全てが絶滅したかのような静寂の中から、死霊が動き出すイメージの⑥は両稿とも同じ変ホ短調。その前の〈復活〉⑦bが変ホ短調なのに対し、〈葬礼〉⑦aは半音高いホ短調。この⑦aは第1主題②aの再現なので、統一を図るなら「ミ-#レ-ミ-#ファ-ソ」となるはずなのだが、〈葬礼〉⑦aは導音進行を避け「ミ-レ-ミ-#ファ-ソ」と教会旋法的。更に興味深いのは3小節目の255小節で加わるヴァイオリン。ここは本来ならヴィオラやチェロと同じ「ソ-#ファ-ソ-ラ-シ」というユニゾンになるべきだが⑦aでは「ソ-ソ-ソ-ラ-シ」で、主題の体を成していない。これは、ヴァイオリンの最低音が「ソ」までしか出ないことを考慮した強引な妥協策なのだ。改訂後の〈復活〉⑦bは、こうした荒業的な矛盾点がきれいに解消されていることが分かる。

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さらに〈葬礼〉では、この⑦aの直後にバッハの〈フーガの技法〉や〈小フーガ〉ト短調を思わせるコラール風の主題⑧が受難曲的な悲哀をもたらすが、これは〈復活〉に改訂される際、エピソードごと削除されてしまった。

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展開部の後半では前半部のような構造的な大手術はない代わりに、最初から確定していた “死と闘い” というテーマがより鮮烈に強化される。その原型はグレゴリオ聖歌の〈ディエス・イレ(怒りの日)〉⑨a。“最後の審判” の恐怖を描いたこの⑨aは、ベルリオーズやリスト等、様々な作曲家が引用しているが、マーラーは⑨bのように変形。この⑨bは〈復活〉の終楽章で、死者が蘇って罪を裁かれる “最後の審判” が描かれる際に再現され、両端楽章を “死と復活” のドラマとして主題的に結びつけることになる。

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(金子 建志)

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