この曲の成立史は複雑過ぎるので、ムソルグスキーがリムスキー=コルサコフにあてた手紙に書いたとされる以下の4つの場面を挙げておく。
1. 魔女たちの集合。そのおしゃべりとうわさ話。
2. サタンの行列
3. サタンの邪教賛美
4. 魔女たちの盛大な夜会
以下はリムスキー=コルサコフ版の冒頭に掲げられた標題的な説明。
「地下から響いてくる不気味な声。闇の精たちの登場。続いて闇の王(サタン=チェルノボーグ)の出現。サタンに対する賛美と黒ミサ。魔女たちのサバト(饗宴)」
ここまでは、ほぼ同じだが、コルサコフ版は、この後「狂乱が絶頂に達した時、教会の鐘が鳴り、悪霊達は退散する。そして夜明け」となる。20世紀後半に原典版が出る前は『禿山の一夜=コルサコフ版』だったから、ディズニーの「ファンタジア」も、コルサコフ版をそのままアニメ化していた。
ステレオ初期までのレコードは全てコルサコフ版で録音されていたので、誰もが“最後にハープの天国的な和音に乗って、フルートが平和な朝を描く”と信じていた。こうした経緯があるため、原典版で録音したアバド、テンシュテット、ドホナーニ等の新盤が相次いで出た時には驚いたものだ。その当時、千葉フィルも演奏している。
聖ヨハネ祭の前夜を素材にした曲としてはメンデルスゾーンの〈真夏の夜の夢〉、ニコライの〈ウィンザーの陽気な女房たち〉、ワーグナーの〈ニュルンベルクのマイスタージンガー〉等があるが、この曲の怪奇趣味はベルリオーズの〈幻想交響曲〉の第4楽章やリストの〈死の舞踏〉、そしてムソルグスキー自身が〈展覧会の絵〉の《ババ・ヤーガ》で描いた世界につながる。
ムソルグスキーは、ゴーゴリの「聖ヨハネ祭の前夜」のオペラ化を考えた頃の着想を、1867年に〈聖ヨハネ祭の前夜の禿山〉として管弦楽化したようで、悪魔や魔女達の饗宴が描かれている。その後、未完に終わった歌劇〈ソロチンスクの市〉の間奏曲として使おうとした他、様々な試みがスケッチとして散在しているため、一つの決定稿として纏め上げること自体に無理があるようだ。実際、今回使用する版も、記譜ミスなのか意図的な不協和音か、判断に迷う個所だらけ。前述のCDを比較しても、指揮者達が自らの裁量で決めた変更が散見される。魚を料理する際「小骨を全て取り去って食べ易くするか」「多少は残して、その魚本来の味を出すか」というのに似ている。
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