リヒャルト・シュトラウス (1864~1949) 交響詩 〈死と変容〉

曲は3管編成で、ハープ2台とドラが加わる大規模なもの。形式的には序奏部とコーダを持つ自由なソナタ形式と考えられる。

不規則な鼓動のような弦のシンコペーション ①a に始まる序奏部は、死の床に横たわる病人の姿を描いている。こうしたシンコペーションをリズム主題として“死”のイデーフィックスとする技法は、マーラーが交響曲第9番で継承した[①bが冒頭で①cが確定型、①dが拡大型]。

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ベートーヴェンがピアノ・ソナタ〈告別〉で用いた、“別れの主題”も弦に現れるが(②a)、これもマーラーが〈9番〉と〈大地の歌〉で“永久に(エーヴィヒ)主題(②b) ”として用いている。 ①aをティンパニが奏する際の虚ろな響きは、べートーヴェンの〈エロイカ〉やワーグナーの〈ジークフリートの葬送行進曲〉における死の表現を受け継いだものと言えよう。

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病人の顔に、微笑が浮かぶ様子 ③ をフルート→クラリネットが表した後、子供の頃の楽しかった思い出 ④ が、オーボエによって、やや感傷的に回想される。③や④ではハープが分散和音で伴奏するが、この曲でのハープは人生のポジティヴな面を明るく照らす光りのように、象徴的な意味合いをもって使われていることにも注目して頂きたい。

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それが静まるとティンパニの一撃を合図に死との闘いを描いたアレグロ主部に突入。主題としては、低弦による ⑤ と、トゥッティで“生への執着”を表す ⑥ が重要だ。

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序奏のシンコペーション ①a にティンパニが加えられた激しい戦いを経た後、変容のテーマ ⑦ が力強く奏される。曲は静まりト長調でフルートやヴァイオリン・ソロ等が ④ を再現、“青春を回想”の主題 ⑧ を経て物語風にそれまでの人生が語られる。それも束の間、“生への執着” ⑥ によって再び闘いに突入。既出主題を重層的に組み合わせたこの展開部は長大で、恋あり冒険ありのヒロイックな人生への執着と、それを断ち切ろうとする“死”との闘いが、シュトラウス一流のオーケストレーションによってドラマティックに描かれる。やがて変容のテーマ ⑦ が壮大に奏され、人生の頂点が窮められたかに見えるが、序奏部の暗闇がティンパニによる死のシンコペーション ①a を合図に不吉に再現された後、 再び“死”との戦いが始まる。

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終に最期の時が訪れ,多くの作曲家の用法と同じくドラによって“肉体の死”が表わされる。心臓の停止を表現するかのようにドラは次第に弱まり、拍と拍との間隔が広がって、最後には完全に消えてしまう。そして、それと入れ替わるように、変容 ⑦ が何度も繰り返されて、魂の浄化と救済を表わす壮大なクライマックスを築いて終わる。

なおオーケストレーション的には“隠し味”に属することだが、R.シュトラウスは弦の刻みを ⑨ のように、16分音符と、倍細かい32分音符に書き分けることで、トゥッティを位相化し、立体的に主題や旋律線が浮かび上がるようにスコアリングしている。そこからは〈ばらの騎士〉の3重唱のクライマックスが予見できる。

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(金子 建志)

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