サガは、散文で書かれた歴史的な物語のこと。映画「スター・ウォーズ」の冒頭、メインタイトルの音楽をバックに宇宙空間に向かって流れていく文字列は、その典型だ。ワーグナーはウォータンを主神とする北欧神話「エッダ」と、ゲルマンの英雄ジ-クフリ-トを中心にした「ニーベルンゲンの歌」等、様々なサガを素材に4夜に及ぶ楽劇〈ニーベルンクの指輪〉を創作したのだが、シベリウスは他の多くの交響詩と違って、この曲の素材となった物語を明らかにはせず、ただ〈一つの伝説〉とした。
但し、北欧の大自然を感じさせる冒頭①からして描写的なので、内容は想像し易い。以下の解説や譜例のキャプションは、筆者によるイメージなので、縛られずに、ご自分のお好きな歴史上の物語や民話、伝説などを思い浮かべながらお聴きになっても全く問題はない。
スカンジナビア半島に於ける強国はスウェーデン。更に大陸にはロシアが控えていたフィンランドは、それらの歴史的支配から、いかに独立を獲得するかが民族的な悲願だった。民族主義に根ざした作曲を目指した若きシベリウスにとっての目的は、多くの伝説や神話の中から、フィンランドを被支配的な状況に至らしめたルーツとしてのサガを探し出すことだったはず。それは支配的な勝者の物語ではありえず、戦いに破れ、悲劇的な運命を辿った英雄や部族のそれだったと考えられる。〈ニーベルンクの指輪〉で言えばウォータンが人間との間に作ったウェルズンク族。敵に追われる中、偶然再会した双子の妹との間に息子の種を残した後、非業の死を遂げるジークムント、やがて生れたジ-クフリ-トは無敵の英雄として成長するが、結局は暗殺されてしまいウェルズンク族は滅亡する。カルタゴと、その闘将ハンニバルでもよし、「三国志」でもかまわない。アナロジーとして日本人が置き換えるなら、「平家物語」や、源義経や藤原家、豊臣家、武田家、あるいはアイヌや九州の豪族等の物語あたりなら、どれでも当てはまりそうだ。
導入部冒頭の①で重要なのは伴奏部のヴァイオリンによる分散和音。4本の弦を行き来するこの音型はメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲の冒頭と同じで、シベリウスがヴァイオリニストだったことを物語っているが、それ以上に、同一パターンを執拗に反復するオスティナート技法を背景のように用いる独自の書法が、既に重要な役割を与えられていることだろう。雪をイメージさせるこの音型、やがて不協和音になって吹雪へと発展する。②は白鳥の鳴き声、③は上空を飛ぶ渡り鳥。序奏部で描かれるのは極北の厳しい大自然だ。
こうして舞台の背景となる自然描写が一段落したところでファゴットが奏する④は、吟遊詩人。こうした物語が、文字や書物の形になるのはもっと後の時代のことで、初期の頃は、日本で言えば琵琶法師のような語り部による口伝が普通。翁が「昔々、この湖には水の精が棲んでおってな~」のように語り始める情景を思い浮かべればよいだろう。
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