プロコフィエフ(1891~1953) バレエ音楽《シンデレラ》から

 

序奏

息の長いロマンチックな旋律であるが、低音部が重厚に鳴り響くその音楽はプロコフィエフ独自のもの。冒頭のそれは、シンデレラの主題。次に現れるのは愛の主題。この後、両者とも全編に渡って登場し、音楽と物語に統一感を与える役割を果たす。

パ・ド・シャ

シンデレラの家。シンデレラは父の再婚相手の女性とその連れ子である姉妹によって、家事にこき使われる毎日。姉妹は王宮の舞踏会に着る服を選んでいる最中に喧嘩を始める。猫の踊りという意味を持つパ・ド・シャはきびきびとした踊り。軽やかでスケルツォ的な音楽は、この喧嘩の様子を表している。

この継母と姉妹は、バレエの振り付けにおいてはコミカルに表現されることが多い。プロコフィエフの音楽も、この3人には特に滑稽な役割を与えているようである。

シンデレラ

喧噪が去り、居間に一人残るシンデレラ。幸福だった頃を思い出し涙する。全曲冒頭のシンデレラの主題が再現される。

仙女のお婆さん

みすぼらしいなりをした老女がシンデレラの家にやってくる。施しを乞う老女を継母と姉妹は追い出そうとするが、シンデレラは自らの食料を分け与える。この老女は実は不思議な力を持つ仙女であった。ピッコロで表現される仙女のテーマ。

継母と義姉妹たちの舞踏会への出発

シンデレラを残して勇ましく舞踏会に出かける継母たち。音楽は早いテンポの2拍子で活発なもの。(この後は留守番を命じられ寂しさを感じるシンデレラの場面となるが、今回はこの場面はカットしている。)

出発の中断

先程助けた仙女の力を得て、シンデレラも舞踏会に出発する。軽やかなテンポで、希望に浮き立つシンデレラを表現する音楽。カボチャの馬車が出発する。しかしここで仙女はシンデレラに念を押す。

時計の情景

12時を過ぎるとシンデレラにかかった魔法は解けてしまう。仙女の一振りで大時計が現れる。時計の針が残酷に進む。仙女が念を押す。時計の針の音を表現したこの音楽は、舞踏会の後の12時の場面になって規模を大きくして再現される。

舞踏会に出発するシンデレラ(ワルツ)

情景は王宮に移る。既に舞踏会は始まっており、人々はワルツを踊り楽しむ。この音楽自体は3拍子のワルツの音楽であるが、その響きにはプロコフィエフ独自の、どこかまがまがしい予感がする響きが顔を覗かしている。これはストーリー展開に伴うものではなく、あくまでプロコフィエフの個性に基づくものである。モダニズム、前衛性と野蛮性。こうした場面に於いても、それは決して隠れようとしない。これも紛れもないプロコフィエフの音楽の姿であろう。

マズルカと王子の登場

舞踏会の情景は続く。マズルカ、ポーランドに起源を持つ3拍子の舞曲。そのプロコフィエフの音楽は、やはりどこかまがまがしい。ゆったりとした気分で人々は踊るが、突然の中断。ファンファーレ、王子の登場。

舞踏会に着いたシンデレラ

踊りに王子が加わったことにより、情景はいささか狂乱の様相を見せる。ここでシンデレラが到着。場の雰囲気が静かで清らかなものへと一変する。突如登場したシンデレラの美しさに誰もが目を見張る。継母も姉妹たちもそれがシンデレラだとはまったく気が付かない。ここで鳴り響くシンデレラの主題と愛の主題。王子とシンデレラの愛が予感される。

グラン・ワルツ

人々は踊る。王子はその最中でもシンデレラから目を離さない。様々な思いをのせて人々は踊る、踊り続ける。(尚、今回の演奏では中間部をカットして演奏する。)

王子とシンデレラのパ・ド・ドゥ

ゆっくりとした、叙情に満ちた音楽。王子とシンデレラが踊る。愛を確認し合う二人。この叙情的な部分もプロコフィエフの聴かせどころである。

ワルツ−コーダ

再度、ワルツ。踊る人々。シンデレラも踊り続ける。時計の針が進むのも忘れて。

真夜中

出発前に流れたあの大時計の音楽が突如として鳴り響く。残酷にすすむ時計の針の音。このような機械の表現も、モダニズムの寵児として名を馳せたプロコフィエフの最も得意とするところであった。叙情性とはまったく異なる、この二面性。迫る12時、うろたえるシンデレラ。王子が引き留めるのもきかず、シンデレラは急ぎ舞踏会を去る。何とか12時には間に合った。後に残されたのは、シンデレラの靴。大音量と壮麗さで奏でられる破局の音楽。

王子と靴職人

残された靴を便りに王子はシンデレラを捜す。王子は靴職人を呼び出し話を聞く。珍しいチューバのソロが活躍する。スケルツォ的な役割を担う。

王子とシンデレラの再会

今回は、この前の曲の最後4小節から始める。シンデレラの家を訪ねた王子一行。そこで王子はシンデレラを見つける。再会。二人は喜び、愛を確認し合う。

愛を込めて

終曲。星や妖精たちの祝福。冒頭のシンデレラのテーマが回帰し、幻想的な雰囲気でこの物語は終わりを告げる。チェレスタの音色が幻想性を演出するが、最後の主和音を弦楽器と一緒にチューバが最弱音で演奏する。この低音への拘り・偏愛はプロコフィエフならではのものといえるかもしれない。

全曲を通して、叙情性と豊かなメロディに溢れたものになりながらも、プロコフィエフ特有のモダニズム・野蛮性といったものも十分に保たれている。この後のプロコフィエフの晩年は、健康を著しく害し、また政府からの批判(ジダーノフ批判)をも受けるという苦渋に満ちたものとなっていく。バレエ音楽《シンデレラ》は、そんな時期に入る直前の、プロコフィエフ自身の幸福な時期の記録ともなった作品でもあった。

(中田れな)

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