チャイコフスキー 大序曲〈1812年〉の楽曲解説

napoleons retreat 120px序奏部ラルゴ3/4拍子の冒頭、チェロ4人+ヴィオラ2人の重奏で室内楽的に奏される①は、ロシア正教会の讃美歌〈主よ、汝の民を救いたまえ〉。ナポレオン軍が攻めてきた頃のロシアには後述のように近代的な意味での国歌は存在しなかった。ロシアでそれに相当するのはムソルグスキーが〈ボリス・ゴドゥノフ〉の戴冠の場で、民衆が「皇帝に栄光あれ!」と歌う合唱に用いた伝承の旋律(一般的には〈皇帝讃歌〉として知られる)と、この①だ。①はプロコフィエフが16世紀に絶対君主として君臨したイワンⅣ世を描いた映画音楽〈イワン雷帝〉でも、恐怖政治の象徴だった王直属の親衛隊を描いた場面《オプリーニチキの合唱》で、威圧的な親衛隊の合唱に対して民衆の願いを代弁するかのよう繰り返される。

1812 01

正教会の多くの讃美歌の中から、チャイコフスキーやプロコフィエフが①を選んだのは、郷土に根付いた純粋な祈りの曲としての歴史的重みを実感してのこと。この序奏部では、民衆の純粋な心情を代弁し、迫り来る戦乱の脅威から護って欲しい、と訴える。
オーボエの嘆き②aに、弦が②bで激しく反応して、戦争が脅威になりつつあることを暗示。トゥッティが付点リズムと打楽器で盛り上がるあたりは、侵略が現実の戦闘となって国境を超えたことを示す。4/4アンダンテに転じ、小太鼓③aの先導で木管が行進③bを開始。迎撃態勢が整う。

1812 02

1812 03

主部は、アレグロ・ジュスト変ホ短調4/4。ロシア軍は16分音符を中心とする④で、フランス軍は国歌〈ラ・マルセイエーズ〉⑤で描かれる。当初、ファンファーレの冒頭が吹奏されていた〈ラ・マルセイエーズ〉は、やがて全貌が強奏され、フランス軍の優勢が示される。これをボロデジの戦いと見るのが一般的で、ロシア軍は退却。

1812 04

1812 05

  • 1
  • 2

タグ: チャイコフスキー

関連記事