チャイコフスキー(1840~1893) 交響曲第1番ト短調 op.13 《冬の日の幻想》

第1楽章「冬の旅の夢想」 ト短調 2/4拍子 ソナタ形式

標題にぴったりの北国の冬を連想させる短調の第1主題①と、宿に着いて暖をとっているかのような長調の第2主題が対比される。経過部での嵐のような描写や対位法的な展開も聴きものだ。

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第2楽章「陰気な土地、霧の土地」 変ホ長調 4/4 リード形式

チャイコフスキーは緩徐楽章の導入としてロシア正教の祈りを思わせる静謐な音楽を使うことが多いが、弱音器をつけた弦による導入主題③はその典型。オーボエによって導入される第1主題④をフルートのオブリガートで印象づけるあたりも既に個性を刻印。ヴィオラとフルートによる第2主題⑤も第1主題④に近く、メランコリックで長大な歌曲を二つ交互に歌うみたいな構造になっている。最後はホルンを中心にした第1主題④によって雄大な頂点が築かれる。

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第3楽章 スケルツォ ハ短調 3/8 三部形式

4部に分れたヴァイオリンによって導入されるスケルツォ主部の主題⑥は、ワルツの定型である2小節単位のメトリークを特徴としている。ピチカートを絡めたオーケストレーションは、雪の妖精の舞のようで、メンデルスゾーン風の軽やかさが特徴。中間部のトリオでは変ホ長調に転じ、ヴァイオリンとチェロが息の長い主題⑦が別世界を導く。なお、この楽章は、前年の1865年作曲のピアノ・ソナタハ長調(当時は未出版、後に遺作として出版)の第3楽章スケルツォの転用である。

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第4楽章 フィナーレ [序奏部]ト短調 4/4 [主部]ト長調 2/2 ロンド・ソナタ形式

チャイコフスキーの交響曲でのロシア民謡の使用では〈4番〉のフィナーレに於ける〈野に立つ樺の木〉が名高いが、この楽章は、その先鞭をつけるもの。緩やかな序奏部で呈示される主題⑧aは民謡の〈花が咲いた〉。この民謡が1861年のカザンの学生運動において農奴開放のシンボルのように歌われたことが重要で、〈4番〉同様、新しい世界を希求する社会派の作曲家としてのチャイコフスキーの側面が明確に示されたものと見做せる。

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主部のアレグロ・マエストーソでは力強い第1主題⑨と、⑧aを舞曲的に変容させた⑧bが民俗的な力強さを表現。⑨や新出主題⑩によるフガートは、対位法的な技術を習得した作曲家としての腕を見せたかったかのようだ。いかにも“闇を抜けるかのような”ホルンのシンコペーションによる長大なブリッジを経て到達したコーダについては前述のとおりだが、そこで勝利宣言のように演奏されるのが〈花が咲いた〉⑧aなのは言うまでもない。

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最後に、この交響曲における技法の開拓について指摘しておこう。一つは、3小節のメトリークの導入だ。1小節を1拍と見做した場合、西欧音楽の多くは、2または4小節を1単位とするのが普通である。ところが、この第1楽章では⑪aのように、3小節を1単位とするメトリークが頻繁に試みられているのだ。これが〈4番〉の第1楽章⑪bへと書法を変えて継承・発展してゆく。

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もう一つはオスティナート。終楽章のコーダが異様に長く感じられるのは、同じパターン⑫を反復するオスティナートの技法が使われているからだ。この4小節単位の⑫は、旋律線よりもリズム・パターンが重要。こうしたオブジェ的なパターンの執拗な反復効果によるクライマックス作りはストラヴィンスキーの〈春の祭典〉のルーツとも考えられる。

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(金子建志)

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