チャイコフスキー 交響曲第6番 《悲愴》 の楽曲解説

第2主題④は形式的にも注目に値する。中世のバール形式に遡る〈カルミナブラーナ〉のように「A-A-B」と前半部を2回繰り返す例は数多いが、④は「A-B-B」の「逆バール形式」。後ろ髪を引かれるように、後半部Bを繰り返す形の数少ない成功例がベートーヴェンの〈7番〉の第2楽章。「運命主題」と同様、チャイコフスキーはベートーヴェンを原型とすることに言及していないが、筆者は④を、あの葬送のアレグレット楽章を手本にしたと見ている。

この第2主題部は、新動機⑤によってベートーヴェンの〈第9〉、ブラームスの〈2番〉、マーラーの〈1番〉〈5番〉〈9番〉等に通底する「天上界の調性=ニ長調」の天空を軽やかに飛翔。3部形式的に④に戻った後、クラリネットのソロによってpppppという最弱音の淵に沈んでいくが、その⑥aを最後にppppppで受け継ぐのがファゴット。これを弱音が得意なバス・クラリネットに吹かせる演奏上の慣習が一般的になっており、コントラバスに弾かせている上岡敏行のような例もある。

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今回は、原譜どおりファゴットで吹いてもらうが、理由は以下のとおりだ。先ずショット社の新全集版に、チャイコフスキーが楽器の変更を示唆したというような記述が見られないこと。次に、〈くるみ割り人形〉〈地方長官〉〈マンフレッド交響曲〉でバス・クラを使用しているにもかかわらず、正規の番号付き交響曲である〈1~6番〉では不採用という区分の重要性(交響曲の使用楽器を、色物的な管弦楽曲との線引き)。ファゴットは冒頭で第1主題を吹くことからも明らかなように第1楽章の主役だから、ここで再登場して締め括るという「キャラクター的な役割」重視が三番目。

もしチャイコフスキーが、もう少し長生きして〈悲愴〉の再演に繰り返し関わっていれば、指揮者や楽員がより弱音が吹き易いバス・クラの使用を提案し、それを採用するようになった可能性もゼロではないが、そうした形で後追い的にオーケストレーションを変更するのは正道とは言えまい。モーツァルトの交響曲に重低音が欲しいからといってコントラ・ファゴットを加えるのはおかしい、というのと同じだ。

突然、砲撃が始まったように開始する展開部は、冒頭⑦の「運命主題」が象徴するように、第1主題を中心とした戦いの音楽。その修羅場が一旦静まった所で、ホルンが提示する⑧は重要。「運命」をシンコペーション化したこの⑧は “死の告知” を暗示するリズム主題として、象徴的な役割を担っているからだ。再び激化した戦闘が、最も鋭角的な⑨で断ち切られる個所は、主人公に致命的な一弾が命中したかのよう。これを境に「戦闘」は「悲嘆」に急転。その嘆きの頂点となる⑩が下降音階Yの拡大形になっているあたりに、主題による有機的な統一を重視するシンフォニストとしての拘りを感じる。

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第2主題④が同主長調=ロ長調で再現された後、金管がピチカートを伴奏に冥福を祈るようなコラール⑪を奏し、そのままロ長調で静かに結ばれる。

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