ベートーヴェン (1770~1827) 交響曲第5番 ハ短調 〈運命〉 作品67

 

〈運命〉以前の「運命主題」

このリズム自体は珍しいものではないので、先例は多いし、象徴的な意味で使われた例も指摘されている。モーツァルトの歌劇〈ドン・ジョヴァンニ〉の終幕では、刺殺された騎士長の石像が晩餐に現れる。悲鳴を聞いて様子を見に行った従者のレポレロが、「石像が、タ・タ・タ・タとやってきます!」と叫ぶ際の③は、「恐怖・警告・滑稽」が入り交じっており、〈運命〉の原形の一つとして重要だ。

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ハイドンの最後の交響曲第104番〈ロンドン〉の第1楽章では〈運命〉に近いリズム主題が反復されるが、象徴的な意味は感じられない。しかし第100番〈軍隊〉の第2楽章は違う。これらを含む12曲は、2度に亙るロンドンへの招聘に際して作曲・初演されたものだが、この時、ヨーロッパ本土はフランス革命の嵐の最中。ハイドンは、この楽章でトルコ軍楽の打楽器群を導入した。大太鼓は炸裂する大砲の描写に他ならない。それだけでも戦争に対する警告としては充分だが、それに駄目を押すかのごとく軍隊ラッパ④を吹かせたのだ。これは〈運命〉だけでなく、メンデルスゾーンの〈結婚行進曲〉やマーラーの交響曲第5番にも繋がることになる。

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ベートーヴェン自身の先例としてはピアノソナタ第23番〈熱情〉(1804~05年)やピアノ協奏曲第4番(1805~06年)があるが、〈運命〉に直結する作品としては〈エロイカ〉(1803~04年)が重要だ。それは『リズム主題』によって全楽章を統一するという手法の先駆けになっているからである。但し〈運命〉と違って〈エロイカ〉の場合は『リズム主題』は、主役ではない。戦場を実際に取り仕切っている参謀みたいな形で出没するのだ。その意味あいはハイドンの④における軍隊のラッパのそれを継承・発展させたものだ。先ず第1楽章のコーダでは、戦場を疾駆する『英雄』=第1主題(変ホ長調)を鼓舞するかのように伴奏音型⑤として繰り返される。『突撃のラッパ』の見かけは勇ましいが、それは現実としては『死』に直結する。

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《葬送行進曲》と題された第2楽章は、戦争という行為の“暗部=現実”としての『死』を表すべく、ハ短調の⑥として使われる。ここで重要なのは同じリズムが、全く正反対の『明・暗』の両面を表す主題として使われていることだ。再び『明』の変ホ長調に戻った第4楽章でも何度も反復再現され、コーダではティンパニの強打⑦によって勝鬨をあげる。

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ここで示した〈エロイカ〉の例は全て『3連符型』だが、第4楽章では〈運命〉と同様、最初に休符を置いた形⑧だけでなく、それを後ろから読んだ形⑨、つまりメシアン風に言うなら“逆行リズム”まで使われているのである。

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