〈タンホイザー〉の《巡礼の合唱》を思わせるこの荘厳な主題は、バッハが〈マタイ受難曲〉で引用したコラール③bを長調化すると、重なり合う。③bの原曲はL.ハスラーの〈わが想いは千々に乱れ〉(1601年)だが、〈パルジファル〉に結びつく歌詞のイメージとしては、同じ旋律を用いたカンタータ第135番〈罪人われを罰したもうな〉が、より近いだろう。
この③bで興味深いのは、ブルックナーとの関係。ワーグナーを崇拝していたブルックナーは、未発表の交響曲第3番の第1稿をワーグナーに献呈受理されたのだが、その第2楽章アダージョ後半の壮大な頂上部235小節~に、まだ作曲されてなかった〈パルジファル〉の③bと酷似したコラール風の主題③cが繰り返されるのだ。ブルックナーが〈タンホイザー〉の影響下に作曲した交響曲の一部が、《巡礼の合唱》へのオマージュとなり、偶然〈パルジファル〉を予見させる形をとったのか、ワーグナーがブルックナーの中に“汚れ無き真のキリスト者=聖愚者”的な本質を見抜いて、結果的に引用に近い方法で〈パルジファル〉 ③bのように主題化したのかは不明だが、ワーグナーと、カトリックのブルックナーが、共にキリスト教の歴史と本質を真摯に見据えていたからこそ実現した深淵と見做せよう。③bは典礼のような木管中心の応唱風の掛け合いを経てクレッシェンドし、9/8拍子に拡大されて荘厳な頂点を築く。
③cはワーグナーへ献呈された第1稿にのみ存在するが、初演の際に改訂された第2稿では削除されてしまったため、2人とも、生前に③cを聴く機会はなく、〈パルジファル〉の③aのみが先行していた。
後半部は既出主題を組み合わせた交響詩的な展開をみせるが、そこでは、自ら犯した罪が原因で、聖槍で負った傷からの出血が止まらない「アムフォルタス王の苦悩」④が新たに加わる。致命傷を負ったトリスタンを描いた〈トリスタンとイゾルデ〉第Ⅲ幕の前奏曲と共通した上昇音型で始まる④は、ワーグナーが感情の深層に踏み入ろうとする際にシンボル的な記号として用いるターン(刺繍音型)に、《愛の死》の下降音型を加えることで、原罪的な苦悩の色合いを強めた後、救済を暗示するコンサート・エンディングで浄化するように結ばれる。
- 1
- 2