第66回演奏会 - 2022年1月16日(日) 13:30開演 会場:習志野文化ホール・指揮:金子 建志・演目:ドヴォルザーク/謝肉祭、ヒンデミット/画家マティス、ベートーヴェン/交響曲第6番「田園」

R.シュトラウス (1864~1949) アルプス交響曲

頂上に立つリヒャルト・シュトラウス

r strauss 120pxレナード・バーンスタインが慎ましくもささやかな幸せを享受しつつもアメリカ合衆国の最下層に位置する両親の元に生を受けたその頃、リヒャルト・シュトラウスはヨーロッパで名声の頂点にあった。日本の西洋音楽黎明期を締めくくることとなる山田耕筰は、第一次世界大戦が始まる前の時期のドイツに留学し、ベルリンで切り詰めた生活を送っていた。山田は当時、絶頂期にあったリヒャルト・シュトラウスの音楽に強い衝撃を受け、肖像画を部屋に飾るまでとなる。しかし、そのスコアを研究しようにも、スコアを入手することさえ留学先で困窮を極める山田にとっては難しいもので、まさにリヒャルト・シュトラウスは憧れの人、遥か山の上の存在だった。

しかし、ひょんな縁からリヒャルト・シュトラウスから作曲を師事する可能性が舞い込んできた。天にも昇る山田だったが、その謝礼の金額を聞いて愕然とする。恐らく、1回行って2時間ぐらい教えを乞うただけで、当時の山田のひと月の生活費の大半が吹き飛ぶものだった。当時の山田の下宿先の大家もこの額はあり得ない、と怒りだした程だった。当時のドイツ人の感覚からでも法外という値段だったようである。山田が幾ら切り詰めた生活をしていたとはいえ、相当の額だったのだろう。結局、山田はリヒャルト・シュトラウスのレッスンを受けることはなかった。

 

とはいえ、リヒャルト・シュトラウスの側にも言い分が無い訳ではなかっただろう。この時までに、リヒャルト・シュトラウスは《サロメ》《薔薇の騎士》という2大メガヒットを飛ばしていた。その後に続く作品も好調で、リヒャルト・シュトラウスは既に一財産を築いていたのである。山田のレッスンに費やす時間を作曲に振り向けたらそれが如何程の金になるか。それを考えたら法外とも思えるレッスン料も妥当なものである、と。これは実際にシュトラウスがこういう言葉を残している訳ではないが、こう考えても決して不思議ではなかった。それほど、リヒャルト・シュトラウスのオペラは当時のヨーロッパにおいて「大当たり」だったのである。興行的にもそうだし、芸術的にも、特に《サロメ》が与えたショックは凄まじいものだった。特にフランスでは、この時代、ドイツにおける敵対心が高まり、それは音楽の分野でも無縁ではなかったのだが、《サロメ》はそんなものを吹き飛ばす程のものであった。ロマン・ロランを初め、フランスの多くの文学者・芸術家はリヒャルト・シュトラウスに強い衝撃を受ける。

しかし、そんなリヒャルト・シュトラウスも時代遅れとなる日がやってくる。きっかけは、ロシアとフランスだった。ドイツはこの両国と、第一次世界大戦で文字通りの死闘を繰り広げることとなるが、20世紀の初頭、ロシア貴族出身のディアギレフが率いるロシア・バレエ団がフランスにて数多くの公演を行い、芸術の革新が加速することとなる。クラシック音楽の分野では、なんといってもイーゴリ・ストラヴィンスキーの《春の祭典》だろう。リヒャルト・シュトラウスの音楽は機能和声を使用し尽くしたものであるのに対し、このリムスキー=コルサコフの弟子であるストラヴィンスキーの音楽は、荒々しい音楽とリズムで、音楽に全く新しい価値観を登場させたのだった。そしてジャズといった、全く新しい音楽の席巻。第一次世界大戦以降は、クラシック音楽家は《春の祭典》やジャズが切り開いた新しい音楽の世界を自分でも展開していくようになる。それらはリヒャルト・シュトラウスがいた世界と彼が作り出す音楽とは全く違っており、当然、リヒャルト・シュトラウスの音楽は段々と時代遅れなものと見做されるようになった。それ以前に、リヒャルト・シュトラウスの音楽には、大衆受けを狙った俗っぽいもので新しい道を切り開く音楽ではない、という批判が常につきまとっていた。この批判の念頭にあるのは、マーラーである。実際、マーラーの音楽は新しい形と世界を示す革新的なものであり、実際、後世の作曲家に与えた影響もリヒャルト・シュトラウスに比べると遥かに大きい。このマーラーと比較される形で、リヒャルト・シュトラウスは常に批判に晒されていたのである。そして、この批判が頂点に達したのが《アルプス交響曲》だった。しかし、これは実は、後世の私たちから見るといささか不可解なことでもある。特に現代の日本に住む我々からすると、マーラーの音楽もリヒャルト・シュトラウスの音楽も、遠い昔の異国の音楽であり、その範囲の中では大きな違いがあるものではない。

 

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