チャイコフスキー(1840~1893) 交響曲第4番 ヘ短調 作品36

ストラヴィンスキーを先取りした、前衛的なリズム

フィナーレで既存の民謡を使ったために、旧態依然とした曲と思われがちだが、第1楽章でのリズムの実験は、ストラヴィンスキーを先取りしている。最後に、そうした前衛性について少し触れておこう。

第1楽章の第1主題③aは伴奏部に工夫がある。③aを3/8のワルツを書いた場合の一般的な伴奏音型は③b。この頭打ちを省いて③b1→③b2→③b3→③b4として更にヘミオラ化によって、ワルツ的な律動感を暈し、哀歌的な性格を強めたのである。

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9/8で記譜されている原譜の③aを変拍子的に表記したのが③c。最初の2 拍[3/8+3/8]を[2/8+2/8+2/8]とヘミオラ化し、点線で区切ったように、[2/8+2/8+2/8]+[3/8]という変則的なリズム・パターンを基本にしていることが分る。

③aではヘミオラのリズム面は暈されているが、曲が進むに連れて、その刺激的な輪郭が前面に出てくる。提示部後半の177小節⑬aは、〈春の祭典〉の《いけにえの賛美》⑬bの原型であろう。ストラヴィンスキーが、こうしたパターンを組み合わせ、畳みかけることでリズムの破壊的なエネルギーを全面に押し出すのに対し、チャイコフスキーは、そこまではいっておらず、経過的な部分の刺激として利用しただけだが、それでも当時としては先鋭的だ。展開部の270小節~⑭はパートによって2拍子系と3拍子に分かれ、重層的なポリリズムが形成されているが、第1楽章はこうした“隠れ変拍子”による凹凸が、頂点に向かう登坂部の至る所に仕組まれているのである。

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この楽章を聴いていると、音楽が激しくなればなるほど、リズムに歪みが感じられるようになるのだが、その意図的なオーバーハングのもたらす“ずれ”を、本来の3拍子に整列させる個所が、構造的にも重要な山場になっている。例えば、運命主題①がトランペットの強奏で戻ってくる提示部の193小節~⑮aでは、そこまでの輪転音型が、8分音符で1拍分、遅れたまま反復されているため、トランペットが小節の頭から入ってきたにもかかわらず、フライングで吹き始めたように感じる。

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この違和感を解消したいなら、例えば⑮bのように単に音を延ばすだけの1小節をジョイント的に挿入して、リズム的な律動感の記憶を薄めてからトランペットを吹かせれば良い。ほかにも幾つか回避手段はあるが、チャイコフスキーがそれらを採らなかったのは、トランペットがストレッタ気味に強引に割り込んでくることで強調される緊張感を、運命主題①の回帰を印象づける手段として利用しようとしたからに他ならない。

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この楽章は、ヘミオラやシンコペーシュンによって生じる変拍子的切迫感を、いかにドラマティックに解消するかが、構造上の鍵を握っているわけで、そこには民謡をコラージュ的に使うという最も単純な手法とは正反対の、知的な作曲家としての高度な技が幾重にも織り込まれているのだ。最初に述べた図式で言うなら、バッハやベートーヴェン譲りの『西欧派』的=純音楽的な作曲技術の粋をこらした最先端の実験を盛り皿にして、『5人組』的なロシア料理が盛り付けられているのである。

(金子建志)

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