バルトーク 《管弦楽のための協奏曲》 の楽曲解説

Ⅲ楽章《悲歌》 3/4 A-B-C-BーAの5部形式

バルトークが得意とした“夜の音楽”で、〈弦楽のためのディヴェルティメント〉のⅡ楽章を受け継いでいる。雰囲気としてはⅠ楽章の序奏を再現しただけにみえるが、コントラバスによる⑫aは、キリスト教の主題の中でも最も多く引用される「ロマネスカ(ロマネスカ・バス)⑫b」、例えばマーラーが〈巨人〉で勝利のファンファーレとして用いた⑫cのように、神を讃える主題の典型だ。

 concerto for orch 12

この冒頭部は謎めいているが、少なくとも神を讃えるのではなく、戦禍の瓦礫の下から、ひたすら祈るようなイメージだ。クラ、フルートの分散和音にハープのグリッサンドを加えた死霊のような響きに乗ってオーボエが吹く⑬や、オーボエ属やホルンの逆複付点リズムに乗ってピッコロが吹く⑭は、ムンクの「叫び」を思わせる。

concerto for orch 13

concerto for orch 14

第1楽章序奏部の②aが②cのように強化・再現されることによって、情況は悪化の一途をたどり、ヴィオラとハープが掛け合う⑮を経て、更に深刻な修羅場と化していく。②cの冒頭が、Ⅰ楽章と同様②bのような3連符系に変わることで、両ヴァイオリンの訴えは、凄絶なレチタティーヴォと化し、大戦下の凄惨な戦場の映像に重なり合う。コーダで再登場する「ロマネスカ」⑫bは、より切実な祈りと化し、ピッコロの虚無的な問い掛けを残したまま消えてゆく。

concerto for orch 15

Ⅳ楽章《中断された間奏曲》 複合三部形式

二つ目の間奏曲は、皮肉をこめたシニカルな内容。木管中心の主題⑯は農民音楽風の旋律。出典は不明だが、変拍子は原曲の歌詞を反映している可能性が強い。一方、主部の中間部でヴィオラ→ヴァイオリンとリレーされる主題⑰は、冗談混じりの雰囲気は皆無。後者はシャーンドル・ジェルジの証言や近年の研究で、バルトークより7歳年上のハンガリーの作曲家ジグモンド・ヴィンツェ(1874-1935)のオペレッタ『ハンブルクの花嫁』で「ハンガリーよ、お前は美しく、愛らしい」と歌われる有名なアリアとの類似が指摘されている。

concerto for orch 16

concerto for orch 17

⑯が再現された後、曲想は下降音階⑱aを繰り返す“茶化し”の音楽に一転、トゥッティが派手な哄笑を表し、「ブーイング」を模したトロンボーンのグッリッサンドが、悪のり気味の突っ込みを入れる。

この異様な馬鹿騒ぎが2回繰り返されて収まると、再び主部の主題が⑰→⑯の逆順に回想され、フルートのカデンツァ的なソロを経てギャグめいた3連符で閉じられる。バルトークは初演プログラムの解説で「A-B-A-中断-B-A」と記しているが、問題なのは中断の⑱aをどう解釈するかだ。

concerto for orch 18

一般的には、この源泉はレハールのオペレッタ〈メリ-・ウィドウ〉の中で、主人公の恋人ダニロが、パリの踊り子達と遊ぶために「マキシムに行こう!」と歌う⑱cとされる。その〈メリ-・ウィドウ〉がヒトラーのお気に入りだということを知ったショスタコーヴィチが〈レニングラード〉のⅠ楽章で〈ボレロ〉的に反復される「戦争の主題」の中間部に引用。42年ソヴィエト国内で初演された後、フィルムで送られたスコアから世界各地で初演が続いた。そのラジオ放送をライナーがバルトークに聴かせた事は、殆どの資料に書かれているが、それを踏まえた上で、筆者はバルトークが若いころ心酔していた同時代の天才R.シュトラウスの〈ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯〉の引用である可能性の方を指摘しておきたい。悪戯の限りをつくしたティルが、人々を煙にまいて逃げ去る場面の⑱bは、少なくとも〈レニングラード〉の遥か前にバルトークの頭に入っていたと思えるからだ。

タグ: バルトーク