マーラー 交響曲第5番の楽曲解説

第4楽章(第Ⅲ部) アダージェット へ長調 4/4

この弦とハープだけの楽章は、マーラーが若きアルマ・シントラーに贈った求愛の曲(メンゲルベルグが、両人から聴いたエピソードとして証言)だが、私小説的な素材として冒頭の⑳aを見た場合、微妙な違いがある。アルマに献呈したマーラーの自筆スコア⑳bのヴァイオリンの主題は、3回とも順次進行で上昇し、2回目も「ファ・ソ・ラ」。一方、全出版譜とも2回目は「ファ・シ・ラ」。

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アルマによる浄書譜⑳cは「4・Adagietto」と、アルマの筆跡で交響曲の楽章であることが示され、2回目は「ファ・シ・ラ」。勿論、マーラーが承認したうえでの変更に違いないのだが、以下のような推論も成り立つ。

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同時期に作曲した〈亡き子を偲ぶ歌〉の第2曲《なぜ、そのように暗い眼差しで》は、〈トリスタン〉第Ⅲ幕の前奏曲の⑤を下敷きにしている(山田ゆり他が指摘)。これは“死”をテーマにしたノーマルな引用で、調はヘ短調。アルマに献呈したこの⑳bも、音型は同じながら、こちらは同主調のヘ長調。作曲を学んでいたアルマが、この関係に気付かないわけはない。

「献呈受諾=プロポーズ承諾」の際はともかく、清書するために細部を見直した段階になって、“死”の曲を、そのまま引用するのは、不吉と感じて、修正を提案したのではあるまいか? 浄書譜⑳cをよく見ると、最初「ファ・ソ・ラ」として写譜したあと、「ファ・シ・ラ」に直したことが判る。真相は不明だが、二人の心模様が窺える。

この4度上昇する主題は、後半に進むに従って音価が⑳a=8分音符→⑳d=4分音符→⑳e=2分音符と拡大してゆく。テンポ調整によって、自然な流動感とスケールの巨きな高揚感を両立させるのが、課題。

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