ショスタコーヴィチ 交響曲第7番〈レニングラード〉の楽曲解説

Ⅳ楽章 自由な形式で書かれたフィナーレ

sym7 score pic 120px

交響曲第7番
初版スコアのイラスト

アタッカで前楽章から続く。ヴァイオリンが静かに奏する主題⑰が前楽章の祈りを受け継いでいるのに対し、『運命主題』の警告を挟んで導入される⑱や⑲は、戦闘の再開だ。様々な威嚇的主題が変拍子によって交替し、凄惨な描写は最新兵器による近代戦の様相を呈してくる。その中で特に注目されるのは高速回転をイメージした⑳。それまでの戦闘シーンでは全く登場しなかったこの音型は歩兵達を恐怖のどん底に陥れたキャタピラーによる戦車の描写と考えるべきで、この⑳に『運命主題』が絡み、バンダが立体的に交錯する。1942年にソヴィエトで出版された初版スコアに描かれた、レーニンとスターリンに戦車を加えたイラストは、この近代戦の描写と見事なまでに重なりあう。

dsch 17

dsch 18

dsch 19

dsch 20

バンダを交えた戦場の描写が頂点に達したところで冒頭の主題⑰が管によって強奏され、7拍子のブリッジ㉑が騎士道時代の剣による決闘を想起させた後、弦が新たな主題㉒aを導く。この原型はスペインの宮廷舞曲サラバンド。ベートーヴェンがスペイン支配下のオランダの悲劇を描いた〈エグモント〉㉒bで用いたのと同じ手法で、征服者の圧政と、被征服者の嘆きが描写される。この振り子は、一旦、闇の中に沈んでゆく。

dsch 21

dsch 22a

ベートーヴェン〈エグモント〉

dsch 22b

dsch 23

作曲時に、勝敗の行方は定かではなく、凄惨な包囲戦によって屍の山が築かれたことだけが目の前の現実。ここからは『勝利』や『復活』への願望ということになる。
我々は、歴史の結果から聴いてしまうので、後の展開はソヴィエトの勝利と受け取ってしまいがちだが、ショスタコーヴィチは、最後に『人間の主題』①をトロンボーンで力強く歌い上げることで願望をこめたメッセージとした。神の声を告げる楽器による勝利宣言である。

この曲で描かれているのは、民族や国どうしの戦いではなく、郷土や生活を愛して自然な日々を送る人間と、それを阻害しようとする者との戦いである。シラーの詩を用い『人間』『同胞』をキーワードにして理想を歌いあげたベートーヴェンが、既に革命の暗部を自覚せざるを得なかったように、ショスタコーヴィチも国内外から大絶賛された〈レニングラード〉の勝利の後は、屈折した批判精神に富んだ〈8番〉と〈9番〉を書き、戦勝後の48年にはジダーノフ批判という新たな脅威に晒されることになる。〈10番〉~〈15番〉を作曲して75年に没した後、共産主義ソヴィエトは91年に崩壊。

それで終息したかに見えた東西対立は新たな形で復活し、今も世界各地で様々な人権侵害が繰り返されている。残念なことに、今後も人権を蹂躙する蛮行は、様々な形で繰り返されることだろう。そうした『人間』対『非人間』の対立が新たな形で再現されたとき、必ず『人間』の側に立ってくれる巨人が二人いる。ベートーヴェン、そしてショスタコーヴィチだ。今回のステージは、そのことを証明するための、意志表示と捉えて頂きたい。

タグ: ショスタコーヴィチ

関連記事