第3楽章 スケルツォ ニ短調 3/4 3部形式
“ティンパニが3拍、低弦が1拍”という掛け合い ⑫a が“アウフタクト(上拍)付きの3拍子”という基本リズムを確定。その威嚇的なリズムに乗って3連符を特徴とする影法師的な主題 ⑬ が動き回る。「悲か喜」に分けるなら「悲」のエリアをすばしっこく駆け抜けてゆくイメージだが、哀れっぽく嘆く副主題 ⑭a によって、より濃い「悲哀」として訴えかけてくる。
⑭a に付記されたドイツのklagendは「嘆いて」の意。最初期のカンタータを Das klagende Lied 《嘆きの歌》と題したことからも判るように、klagendは、マーラーにとって最も重要なキーワードの一つ。《嘆きの歌》は、兄に殺された弟の霊による呪詛をテーマとした復讐劇だが、マーラーは生涯に亙って、どの作品にも「死」の影に潜む「嘆き」を、定旋律のように潜ませた。これを、ユダヤの民族的な悲哀と結びつけることも可能だが。この ⑭a は、ムソルグスキーが〈展覧会の絵〉の《サミュエル・ゴールデンベルグとシュミーレ》で描いた、貧しいシュミーレのそれに近く、「富・力」に屈するしかない弱者の悲哀を感じさせる。
トリオで曲想は陽転。木管が明るい ⑮a を緩やかに歌うが、それに速いテンポで割って入るヴァイオリンの ⑮b は、明らかに「冷やかし」や「茶化し」のイメージ。こうした対比における、瞬間的な緩急の交替は、マーラーの得意技だ。
スケルツォ主部に戻ってからヴァイオリンによって奏される ⑭b は、⑭a を、より濃く、痛切にした変奏。こうした流れのなかで曲頭の⑫aが何度も形を変えて再現され、形式的区分を刻印するが、最後の ⑫b では、低弦のピチカートにf 5つが書かれており「指板に弦があたるぐらいに鋭くはじく」と、具体的な指示まで添えられている。
後にバルトークが多用する「バルトーク・ピチカート」の先取りだが。この強烈な音響と、その楔の間に挟まれた沈黙は、聴き手に平手打ちを喰らわしたかのように、スケルツォの中心点を印象付ける。曲は明暗の狭間を揺れ動きながら進み、⑫a と同じ「ティンパニの一撃をピチカートが受ける」という音響デザインで、演技的に閉じられる。